私が物心ついた頃には、もうすでに父は暴れん坊だった。
酒乱。
短気。
怒鳴る。
お酒は、浴びるように飲んでいた。
飲んで帰ってくると、家の空気が一気に変わる。
包丁を持って暴れたこともあった。
寝ている私や兄を起こして、正座させる。
そして、意味不明なことを延々と説教する。
子どもの私たちにとっては、
「お父さんが帰ってきた=怖い時間」
だった。
母に対しても、モラハラ全開。
私たちが小さい頃、ごくたまに、母が夜、飲み会に出かけることがあった。
その間、一応、父は家にいてくれた。
でも、母が出かけている間に父も飲み始める。
すると、母が飲み会をしているお店に電話をかけ、
「本当に飲み会か!男もいるのか!?」
と。最悪・・・”(-“”-)”
そして、母が帰ってくる。
「帰りが遅い!」(22時くらい。全然遅くない)
そこから、また始まる。
ある時は、食卓にあったものだと思うけれど、五平餅を母に投げつけて暴れた。
母は近所のママ友に助けを求め、なんとかその場はおさまった。
そんな父が飲みに出かけると、
母と私は
「帰り道、川にでも落ちて死んでくれますように…(>人<;)」
と、お願いした。
…今思えば、普通じゃない。笑
でもそれくらい嫌だった。
ある夜、父が飲んで帰ってきて暴れたときには、ランドセルを持って母の実家に逃げた。
そして翌朝、そこから学校へ行った。それが特別なこととは思わなかった。
お父さんが暴れたから避難した。それだけのことだった。
私が2人の子どもの母親になった頃のこと。
たまたま実家に遊びに行っていて、携帯電話を買い替えたいという話をした。
すると突然、父がキレた。
「まだ使えるのに、なんで買い替えるんだ。無駄遣いだ」
そんなことをいわれ、
「私が買うんだし、関係ないじゃん?」
といったら、殴られた。
もう私は子供ではなかった。もう自立している。
それでも父は、私を殴った。
畳にたたきつけられた。
さすがに、私も取り乱し泣きながら
「ばかやろう!ふざけるな!!」
と叫んだ。そしたら追加で殴られた…( ;∀;)
どう考えても私は悪くない。
父は、自分が悪くても謝らない。
昔からそうだった。
そして、母にも人生の大きな出来事があった。
母が60歳になる少し前だったと思う。
母の不倫が、父にばれた。
父は取り乱した。
そして、私に電話をかけてきた。
「おかあが浮気しとった!」
「追い出した!」
そして
「セックスもしとった!
……。
それ、娘に報告するな。なんとなく言われなくてもわかるし…
地味にトラウマ。(*_*)
母は結局、父と別れることを選ばなかった。
家に戻った。
母になぜ離婚しなかったのか聞いたことがある。
「お父さん、離婚とかってなったら、追いかけてきたりしそうだし、面倒なことになりそうだったし、怒鳴ったり、暴れたりとか…」
母はそんなふうに話していた。
それも、分からなくはない。
ずっと父をみてきて、
父が母に執着していたことは分かる。
母の不倫を知ったとき、私は複雑だった。
もちろん、不倫そのものを肯定するつもりはないけれど・・・
でも、長年あんな父と一緒に暮らしていた母を見てきた私は、
「あんなふうなら、そりゃ他の人に頼りたくもなるよね」
と思ってしまった。
それくらい、母は長い間、父に振り回されてきた。
そして今、50代になった私は思う。
もし、あのとき母が大変でも離婚を選んでいたら・・・
その後の人生は、間違いなく違っていた。
父のモラハラに耐え続けることもなかった。
そして晩年になって、父の介護で心も身体もすり減らす生活を送ることもなかった。
「あのとき離婚していたらよかったのに」
私はそう思ってしまう。
当時の母には、母なりの怖さや事情があった。それも分かる・・・
それでも私は、
「あの出来事は、母の人生の大きな分岐点だったんじゃないか」
と思っている。
そんな家で育った私と兄。
兄は都会に出て、家庭を持っている。
だから実家のことや、両親のことで実際に動くのはどうしても私中心。
兄も、私と同じように父にはずいぶん迷惑をかけられてきた。
あるとき兄と
「私たち、よく普通に育ったよね。普通じゃないかもだけど、ここまで成長できただけでも
すごいよね笑」
と話したことがある。
本当にそう思う。
こうして大人になれたのは、母のおかげなのかな。
そんなふうに思う。
父は病気を繰り返すようになった。
最初の大きな病気は、私が中学生のときだった。
1回目の脳梗塞。
父は入院した。
「お父さん帰ってこなければいいのになぁ・・・」
そう思った。
父のいない家は平和だった。
長い間、父の機嫌や怒鳴り声に怯えてきた私にとっては、ものすごい解放感と安心感だった。
その後、父は60代以降、何度も入退院を繰り返すことになる。
悪性リンパ腫。
大動脈解離一歩手前で手術。
2回目の脳梗塞。
さらに3回目。
それでも父は、何度も大病から復活してくる・・・
「今回はさすがに・・・」
と思っても、復活!強っ Σ( ̄。 ̄ノ)ノ
憎まれっ子世に憚る・・・
「帰ってきてよかった」という気持ちより、「また帰ってきたか・・・」
そんな感じもあったかな・・・
母も私も。
病気の後遺症は、少しずつ重くなっていった。
父は入院や通院のたびに、母に付き添ってもらわなければならない。
入院中、母が、洗濯物や必要なものを届けたり、面会に行ったりすると、
「てめぇは何しにきたんだ!」
「早く帰れるようにしろ!」
そんなふうに怒鳴る。
母は「もう面会なんて行きたくない」と。
そりゃそうなる。
世話をするのに行ってるのに、怒鳴られるなんて嫌すぎる。
病院のスタッフからも、母のことを心配された。
そんな父を叱ってその場をおさめてくれたのは主治医の先生。
病院で大騒ぎしている父に、
「そんなこと、奥さんに言ったら絶対ダメです!!」
「そんな態度じゃ、誰も助けてくれないですよ!」
父の目を見て、しっかり諭す。(先生、まだ若いのにすごい)
父は先生には弱い。ものすごく。
先生に怒られると
しゅ〜ん・・・
大暴れだったのに、黙る。
お医者さんという、自分がどう頑張っても勝てない知的な存在には弱い。
なんとも父らしい一面。
そして、父にはもうひとつ意外な一面があった。
実は、ものすごく涙もろい。
感動系のテレビ番組を、泣きながら見ていたりする。
私や兄の結婚式では、初めから最後まで泣きっぱなし。
そんなところで、ちょっとだけ。
(かなりほんの少しだけ)
憎めないお父さん。
病気になれば病院へ連れて行く。
入院となれば必要なものを揃え、あれこれ手続き。
退院すれば、その後のことを考える。基本、母1人での老老介護の日々。
その間も暴れまくりの父。
病気が発症する度に
「もう、これで最後になってもいいかなぁ」
そんな気持ちが出てくることもあった。
そして、母とこんな話をした。
「お父さんが死んだとき、私たちは泣くのかな?」
「泣くとしたら、どんな感情なんだろうね・・・」
悲しいのか。
寂しいのか。
それとも、やっと終わった。という気持ちなのか。
なんとも表現できない感情になりそう。
そんなこんなで、不死身な暴れん坊、
なんだか体がだるいらしい。寝ている日が多くなった。
定期的に行っている検診で
ついに
「末期の心不全です。」
と言われることになるのでした。
後編へ続く。

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