暴れん坊お父さん、グループホームへ【後編】

50代のリアル

前編の最後に書いた、父の「末期の心不全」

主治医の先生からは、いつ何があってもおかしくないと言われていた。

心臓は肥大し、肺には水がたまっていた。


心臓も弁がピコピコ動くのみで、血液を送り出すポンプの役目はしていない
ような感じだった。

それなのに。

しばらくすると、心臓の状態も改善し、肺にたまっていた水もなくなった。

先生も驚くほど、状態が落ち着いた。

・・・・・・お父さん、復活。

いや、ほんとに。

凄い生命力・・・

入院中の父は、とにかく怒っていた。

母が様子を見に行き、

母:「どう?少しは楽になった?」

父:「テメェはいちいちうるさい!」

と怒鳴る。

早く家に帰らせろと騒ぎ、母に向かって手を振り上げることもあった。

いつもキレ気味。

先生曰く、

「認知機能が低下してきてるし、お父さまの場合は、もともとの性格もあります

からねぇ…」

先生もわかってらっしゃる。

ある日、仕事中に私の携帯が鳴った。

病院からだった。

「お父さまが暴れてしまって大変なので、娘さん来てもらえませんか?
奥様に電話したんですが、おでにならなくて・・・お願いします。
ご家族の方がいらっしゃれば落ち着かれるかもしれないので・・・」

私が行ったところで・・・。

でも仕方ない・・・行くか・・・。

会社を早退して向かった。

私が病院に着いた時、父は車椅子に座り、ナースステーションのど真ん中にいた。

暴れちゃうから、とりあえず目につく安全な場所に。笑

腕には血のついたタオルを巻いていた。

どうやら点滴を引き抜いてしまったみたい。

・・・・・・やってんなぁ。

病室に移動した。

父は泣きながら、母のことを話し始めた。

「あいつには男がおった。へぼい女だ!」

母の昔の不倫騒動のこと。

父の中では、ずっと消化されないことなんだ。

父と母の間でどんなふうに決着がついたのか、

その後話はなかったし、母も聞かれたくないだろうなぁ。

と思って、そのままにしてある。

父は母のことが好きなんだと思う。

執着というかなんというか・・・

父は自分の気持ちに気づいているのか、いないのか。

素直になれず、酷い言動を繰り返す。

もうずっと片思いのままだね、お父さん・・・。

その日の夜、母から電話があった。

「お父さん、今日も怒っとったら?なんであんなに怒るんだら?」

うーん・・・怒ってたけど・・・お母さんの事、言ってたよ・・・

退院。自宅での介護がはじまる
心不全そのものは、これ以上治療してもよくなることはないそうで、退院する
ことになった。

退院後の生活について、先生から説明があった。

心臓に負担をかけないように安静にすること。
無理に散歩などする必要はないこと。
食事にも気を付けること。

母が先生に質問すると、父はまた怒る。

「テメェは余計なことをいちいち聞くな!」

母を睨みつける‥‥

先生から、

「退院後は施設に入るという選択肢もあるけれど、どうしますか?」

と聞かれた。

母も私も、父が施設に入ることを受け入れるとは思っていなかった。

それでも、母が聞いてみると、父は激怒。

母に手を振り上げた。

先生に怒られ、父、黙る。笑

結局、母が家で介護することになった。

退院の日。

母に頼まれ、私も付き添った。

迎えに行くと、

「遅い!何やっとったんだ!」

(-“-) お迎えの時間通り来ましたけど?

病室を出るとき、担当看護師さんが手を合わせて

「どうか、穏やかに・・・(>人<;)」

と言った。笑

ありがとうございます・・・本当に大変お世話になりました。m(__)m

老々介護の始まり
自宅で、母一人での介護は想像以上に大変だった。

脳梗塞の後遺症による手足の麻痺、認知機能も低下していた。

食事も箸を使うことが難しく、スプーンやフォークを使う。

ご飯はおにぎりにして手で食べられるようにしていた。

それでも、上手に食べられないと癇癪を起して、大声を出したりする。

ベッドの横にポータブルトイレを用意したものの、絶対に使わない。
当然失敗する。

紙おむつは着用していたけれど・・・脱ぐのも難しく、直前で失敗・・・。

母が世話と掃除にいくと、

「早くしろ!」

信じられない・・・。

下の世話してもらって、その態度ってなんなの?

友人に父の愚痴をいうと、

「歳とってくると頑固になるもんね。うちのお父さんもそうだよ~」

いや、レベル違うから!ほんとに・・・。

母から話を聞くたびに、怒りが込み上げてきた。

「介護のし甲斐がない・・・」

母はよく言っていた。

介護しても、感謝されるどころか怒鳴り散らされる。

助けようとしても拒否される。

それが毎日続く・・・終わりが見えない。

辛いに決まってる。

父はもともと、食べることが好きだった。

美食家というわけではない。ただ、食べることが好き。

お酒は、1度目の脳梗塞後、ドクターストップがかかってからは、毎日飲むような
ことはなくなった。

けれど、今度は食べる方に方向転換。

三食に加え、間食バンバンする。

何かいつも食べてる印象。

食べ物となれば何でも食べちゃう。

冷蔵庫を開ける。

調理前の焼きそばを、そのままモグモグ。

戸棚ガサゴソ…ツナ缶発見。

缶開けてモグモグ。

食べ物があれば、何でも食べちゃう。

ちょっと怖いレベル。(*_*)

食事にも気をつけなければならない。

でも、食べることを止めると怒る。

言うことが聞けない。

冷蔵庫には必要最低限のものしか入れず、お菓子やパンも隠しておいた。

先生に相談すると、

「もう、好きなものを食べさせましょう。ずっと見張ってるわけにもいかない
でしょうし、制限して、奥さんに八つ当たりがあっても困りますから」

という話になった。

家で介護する母の心身の安全を優先することにした。

母からのLINEと電話
「今いい?お父さんが寝てるから電話した」

と、父が寝たのを見計らって、母から電話やLINEが来ることあった。

「電話したりすると、誰と話しとった、何を話しとる!って騒ぐから電話も
できんの」

モラハラジジイめ。 (-“-) 

鬱陶しいったらありゃしない。

今日こんなことがあった。
また怒鳴られた。
頭にきた、悲しくなる。

母からの連絡が増えた。

誰かに聞いてもらわなきゃ、やってられないよね。

私は話を聞いた。

でも、私が代わりに介護できるわけでもない。

お父さんの性格を変えられるわけでもない。

聞いてあげることはできても、問題を解決できるわけではなかった。

なんともならないなぁ・・・・・。

そんな気持ちだった。

そして、家での介護が始まってから、9ヵ月ほどたった頃。

仕事中、母から泣いて電話が来た。

「お父さんが杖を振り上げて追いかけてきたり、叩こうとしてきたり。毎日
ビクビクして生活していなきゃで辛い・・・」

これはもう無理だと思った。

このままでは、母が壊れてしまう。

仕事を早退して、すぐに母と一緒にケアマネジャーさんに相談に行った。

母を守るために決断したこと
ケアマネージャーさんは、以前から担当してくれていて、父の性格も、母がどんな思い
をしてきたのかも理解してくれていた。

「ちょうど今、グループホームに空きがあるから入所を考えませんか?」

もう、これしか解決策はないでしょう。

そんな感じだった。

でも、どうやって?

父に正面からグループホーム入所の話をしても、絶対に納得しない
だろうし・・・。

「父には内緒で進めるしかない」

母を守るためには、もうそれしかないと思った。

でも、母には迷いがあるようだった。

「お父さん、可哀想かな・・・静かにしてる時もあるし・・・」

なんか聞いたことあるぞ。

なんかほら、DVしたあとに普通に戻ったり、優しくなったりすると、

「いつもひどいわけじゃない」

と情が湧いて、別れられない・・・みたいな、そんな感じのやつ。

母にもその感じはやっぱりあるんだ・・・

簡単に割り切れるものではないんだとは思う。

私も、本人に知らせずに施設に入れることには、少し引っかかる気持ちはあった。

でも、私は母に聞いた。

「このまま、毎日ビクビクしながら暮らすの?耐えられる?無理だよ」

母は、少し考えて

「もういいよな。もういい・・・」

なんともいえない重みある決断の一言だった。

母はずっと、我慢してきた。

離婚したいと思ったことだってあった。

それでも本人にしか解らない、いろいろな事情があって、ここまで一緒に
暮らしてきた。

もう十分だよ。

私も思った。

グループホーム入所は1週間後に決まった。

母は父に内緒で入所の手続きをし、準備をした。

「お父さんをうまく連れていけるか・・・不安になってきた」

そんな電話やLINEが何回か届いた。

「お母さん、あとここだけ、がんばろう」

そう返事をした。

そして、お父さんはグループホームへ
入所当日。

父が病院に定期受診する日だった。

母が病院に連れていき、診察が終わった後、グループホームへ向かう。

グループホームへ着くと、職員さんに連れられ、施設内へ。

ここは私が付き添っていないので詳しくは不明なのだけれど・・・

施設の2階が、入居者さん達の生活する場所。

入居者さんが一人で出て行ったりしないように、スタッフが一緒でなければ2階
からは出られないようになっているらしい。

父はエレベーターへに乗せられ、2階へ。

母は乗らない。

その時父が叫んだ。

「テメェは俺を騙してこんなところにつれてきたのか!!」

チーン・・・。

エレベーターの扉は閉まった。

・・・・・・。

作戦成功です・・・笑

笑い事ではないんだけどね。

父らしい発言。 笑

でも、こうでもしなければ、きっと入所には至らなかったと思う。

父が家にいたいという気持ちはわかる。

でも、母がこれ以上、暴言・暴力におびえながら介護を続けて暮らすことは、
もうできない。

これしかなかった。

施設での父

入所したその日、父はご飯を食べなかったらしい。

「いらん」と。

ところが。

翌日からは、朝昼晩と三食完食。

おやつの時間も、しっかり待っている。

食いしん坊万歳 !(^^)!

職員さんから、

「甘いものが大好きなんですね(* ´艸`)」

と言われた。

はい、大好きです。

食べることが大好きなんです。

施設からは、定期的に写真入りのお便りが届く。

テレビを見ている姿。

洗濯物をたたんでいる姿。

エプロンをつけて、お菓子作りをしている姿まであった。笑

パズルのようなゲームにも、真剣に取り組んでいる。

家ではそんなことしたことなかったのに。

母と一緒に見て、

「えっ、お父さん、こんなことしてるの?」

と驚いた。

「介護のプロにかかれば、そんなこともするのかぁ」

家では見られなかった姿が、そこにはあった。

もちろん、いい子にしてるばかりではなく、時にはイライラして職員さんに当たる
こともあり、安定剤を飲むこともあるらしい。

それでも、家にいた頃とは違う生活が始まっていた。

母が会いに行ったら・・・・・・
母は、父に会いに行きたいとは思っていない。

認知症が進んできたとはいえ、もともと強烈だった性格もあって、家では暴言や
暴力がひどくなっていた。

だからグループホームへ入ってもらった。

それでも、病院の定期受診などで家族が説明を聞く必要があったり、職員さんから
「ちょっと顔を見に来ますか?」と声をかけられることがある。

そんな機会に母が父に会いにいくと、母曰く、泣くか怒るかどっちかだという。

「今日はどっちかな、怒る方じゃないといいけど・・・」

そう思って出かけるらしい。

眼科を受診した際、先生が

「目に異常はありませんよ」

と言ったので、母が、

「お父さん、良かったじゃんっ」

と声をかけた。

すると、父は

「テメェは死ね!」

・・・。

グループホームに入ってもらって正解だった。笑

また別の日、職員さんに声をかけられ、顔を見に行った。

そのとき、父はお楽しみのおやつの時間で、モグモグしていた。

そこへ母が表れた。

すると、母の顔を見るなり、父は大号泣。( ノД`)

口の中に入っていたものが、ダーッと出てしまい、ちょっとした騒ぎになった
らしい。

隣に座っていたおじいさんに、

「食べとるときにはなしかけちゃいかん・・・」

叱られてしまった母でした。笑

利用者の方たちは父も含めてだけど、自分の世界観の中で生きている。

そんなふうに感じ取れる。

グループホームの中は不思議空間。

「俺、絶対帰ってくるで」
あるとき、父が職員さんに、こんなことを言ったらしい。

「俺、ここは気に入っとるんな。お世話になっとるし。

絶対帰ってくるで、一回家を見に行きたい」

・・・・・・。

それは無理です。笑

何とか家に戻って、もうグループホームには帰らない作戦だったのか。

ただ本当に家を見たかっただけなのか・・・。

正直に言うと、今の私は父の顔を見に行きたいとは思っていない。

きっと兄もそうに違いない。

そうしたのは父。断言できる。

子供の頃の私や兄は何も悪くない。

家での介護が限界だったこと。

母が安心して暮らせるようになったこと。

施設では、家では見られなかった姿を見せてくれていること。

それらを思えば、強行突破でグループホームに入れたあの選択は、良かった
のだと思う。

家ではよちよち歩いていたけれど、最近は車椅子で移動することがほとんど
みたい。

今の季節(秋)を聞いても、「春?」と答えたらしい。

家にいた頃も、表情だけでは気持ちを汲み取ることが難しかったけれど、今は
もっとわからないのかもしれない。

暴れ放題、荒れ放題だったお父さん。

これからどうなる?

これからは少し離れたところで、見守ることにしよう。(^_-)

前編はこちら→暴れん坊お父さん、グループホームへ【前編】



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